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2009-08-16

【アメリカ旅行記25】日本へ! その1

まだまだアメリカ滞在中のあれこれがあるのですが、まあ、もともと時系列めちゃくちゃなブログですので、こちらの話題から。

アメリカから日本に帰国する時のドタバタを。

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楽しかったアメリカの旅、最後の夜。

アメリカ出国の日は、デンバーの空港からサンフランシスコまで、私が買っていたチケットでは乗り継ぎの時間が少なすぎるため、朝一番の飛行機にスタンドバイすることになった。

乗り継ぎ時間が短いことに関しては再三旅行会社に言ったにも関わらず、この乗り継ぎしかないようなことを言われて、このスケジュールとなった。
アメリカに行く前に何回も書いたように、とにかく外国に自分だけで行くのが初めてでビビっていたくらい慣れていないので、そういうもんか・・・・と思ったのでした。
ところが、サンフランシスコーデンバー間は1~2時間に1本飛んでおり、この乗り継ぎしか無いというようなことは全然なかったのでした。
それを知ったのは随分後のこと。

実際、成田を出発するときには、事故でも何でもなく出発が1時間も遅れたわけで、やはりこんなぎりぎりの乗り換えは避けたい。私がもっと英語ができればいいんだけどね。なんと言っても英語は苦手なので、何かあったときに困る。

しかし、私が持っているチケットは予約変更できないチケットだったので、スタンドバイすることとなったのである。

スタンドバイして乗ろうとしているのは、朝6時にデンバー空港を離陸する便。
スタンドバイは早いもの勝ちだし遅くとも5時には空港に着きたい。
ということはボルダーを遅くても午前3時半にはでなければ。

3時半・・・・・。

寝不足で飛行機に乗る分には、帰りの便で眠れるからいいんだけどね。


ウノママは私がもともと買っていた便よりも1つ早い時間のを買っていたのだが、せっかくだから、一緒にスタンドバイで同じ朝一の飛行機に乗ろうということになった。

そして、ウノも同じ日に日本に一時帰国することになっていた。
ただし、まったく違うルートと航空会社でウノは日本に帰る。


アメリカ滞在中に一度ユナイテッドに電話して、もし私のチケットの予約変更をしたらいくらかかるか確認してみたら「150ドル」との答え。
150ドルは痛いので、やはりスタンドバイ。


さて、話はまた最後の夜の話に戻る。

やることなすこと後手後手の私、荷物のパッキングを最後の夜になって、ちんたらちんたらやっていた。
途中、少しインターネットでニュースを見たりしながら。

色々と買い物してしまったので、重量オーバーになりそうだったから、包装紙はすべてはがして箱から物を出して、少しでも軽くしようと努力してみた。

あれこれ荷造りで奮闘していると、階下からウノママが

「せんせ~い」

と私を呼んだ。

「は~い」と階下へ行く。

「大変な事が起こりました」

と、緊迫した様子のウノママ。


ん?どうしたんだろう・・・・。



「成田で事故です」




ああ、それなら、さっき私もネットでニュースをチェックしたときに見たよ。


貨物がひっくり返って炎上、乗員2人生死不明って出てたな・・・・。


ウノママに「ああ、さっきネットニュースで見ました。大変ですよね~。」と能天気に答える私。


そう。

大ボケの私、この事故がどんなに大変な事なのか全然わかっていなかったのである。



ウノママが続ける。


「滑走路が閉鎖されました。成田発着の飛行機全部欠航です。」



・・・・。


全部キャンセル・・・・・。





キャンセル・・・・・・


キャ・・・・・・


キャ・・・・・・


キャンセル~~~~~??????



私たちの日本行きの飛行機は、およそ12時間後が離陸予定時間だ。


それどころか、もうあと数時間後には、デンバー空港に向けて出発しなければならない。


私たちの飛行機が、飛ぶのか飛ばないのかをボルダーで確認することができないのだ。
デンバー→サンフランシスコ→成田という乗り継ぎの予定なので、サンフランシスコから成田へ飛ぶかどうかの航空会社の決定をボルダーで待っていたのでは、間に合わない。


サンフランシスコまでは、行っておかなければ。

しかし、サンフランシスコ経由で帰るのは、ウノママと私の珍道中コンビ。

多少のこと(買い物とか食事)は二人で何とかなるとしても、こういうトラブルの交渉事を空港でアメリカ人相手にできる自信は、全然無い。
というか、絶対に無理。

サンフランシスコまでは行ったとしても、そこで成田便がキャンセルとなると、一体全体どうしたらよいものか、そういう経験がないので、全然わからない。

そもそもは、デンバー空港でのスタンドバイの交渉だって、どうしたらいいのかよくわかってないし。


無事に帰国できるよう、ウノがあちこちに電話して色々調べてくれている。

結局は、とにかくサンフランシスコまで行くしかしょうがないということになり、2時間ほどの仮眠をとることにした。


ウノはサンフランシスコにいる日本人の友人に連絡をしてくれて、万が一サンフランシスコからの成田便が飛ばなかったときに、その友人に電話して助けてもらえるようたのんでくれた。



そもそも、私が出発前からすごく心配していたのはこういうことだ。
何事もなく乗り換えられるなら、そのくらいはいくらなんでも、何とかできるでしょう。
何かトラブルが起こったときに、全然対処できない事を心配していたのであった。。。。。


珍道中の最後は、特大の「珍」がやってきた。


つづく。


『フェデックス80便着陸失敗事故』

『成田貨物機事故』
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プロフィール

りか♪

Author:りか♪
和歌山県生まれ。
愛知県立芸術大学作曲専攻を首席で卒業、同大学院修士課程、博士後期課程修了。博士(音楽)。
学部卒業に際し桑原賞(県知事賞)受賞。
現音作曲新人賞などのコンクールに入選する。2008年第29回入野賞受賞。2015年Iron Composer Conpetition(アメリカ)第3位。
現代音楽演奏グループ「アンサンブルトゥデイ」のメンバーとしてその解散まで積極的な作曲活動を展開する。また「ing Project」代表として、レクチャーやコンサートの企画を行った。2010年度Asian Cultural CouncilのGranteeに選出され、2011年アメリカ、ニューヨークにて研究調査を行う。
作品は、ALM RECORDSCAFUA RECORDSよりCDがリリース、ティーダ出版やイタリアのARS PUBLICA社より楽譜が出版されている。
愛知県立芸術大学准教授、金城学院大学(名古屋)、金沢大学講師。名古屋市立大学芸術工学部研究員。

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