2011-11-11

This is New York!

アメリカ話続きます。

「This is New York!」

これは、仲が良かったGrantee達でよく使ったニューヨーク生活の「スローガン」。

昔よりもすごく安全になったニューヨークだけど、それでも、やはりニューヨークはニューヨーク。

Angelaは一人の女性がひったくりの被害にあったのを目の前で目撃。犯人は若い男3人で逃走。
同じ頃、私は夜の地下鉄の中で、ドラッグで完全にイっちゃってる兄ちゃんに絡まれて怖い思いをした。

その後顔を合わせた時、お互いに怖かった話をして、「ここはニューヨーク!気をつけよう」と二人で話した。


今年のニューヨークの夏は暑かった。
40度を超えて、体感温度は43度と発表された。

私は、日本では絶対にしないような薄着で出かけた。
暑すぎるし、みーんな薄着で歩いているから、平気。

そもそもここには、「腕が太い」という揶揄をする人なんて1人もいない。

ある日、Angelaもノースリーブに短パンという服装だった。
「普段は絶対にこんな格好しないんだけど、ものすごく暑いから」

そして、そういうときは、決まって「This is New York!」と言って笑った。

「旅の恥はかき捨て」的な意味ではない。

上に少し書いたけれど、ここでは誰も他人を規定しようとしない。

そして、他人の目を必要以上に気にしなくて良い。


私が、自分の腕って太いよなと思いながらもノースリーブを着る。
誰もそれを揶揄しない。

食べ過ぎの日が続いて、少し太る。
誰もそれを揶揄しない。

知り合った人が、私が結婚しているとわかると、
「1人で来たの?だんなさんに会いたいでしょう?」
という人はいても、
「へ?結婚しているのに来たの?だんなさんがよく許したね。ってか、だんなさんのお世話はどうするの?」
なんていうふざけたことを言う人は1人もいない。

ちなみに、これは、実際に渡米前に少なからずの人から言われた言葉。


容姿、体型、国籍、人種、属性・・・・すべてにおいて、誰も何も言ってこない。

Because this is New York!

人種の坩堝と言われるニューヨーク、世界中から移民が集まってきているここでは、それは衝突を避ける知恵でもあるのかもしれない。


私とAngelaは本当にこの言葉を良く使った。

理不尽だなと思うことが起こった時。
「しょうがないね。だってここはニューヨークだから」という風にも使った。


危機管理のため。
自由のため。
怒りを飲み込むため。

私たちはいつも「This is New York」と言った。


そして、ある日、私は一冊の絵本を見つけた。

タイトルはずばり

「This is New York」

子供向けのニューヨーク紹介の絵本だ。

ThisIsNewYork.jpg


結構あちこちの本屋さんで見かけた。

最初は、買うつもりはなかったんだけど、帰国直前、気が変わって購入した。

「This is New York」

良いことにも悪いことにも使えた言葉。
そして、自分が自分でいられるという確信の言葉。

私たちには、とても大事な言葉だった。
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tag : 2011アメリカ/生活・街

2011-11-07

We don't say "Goodbye".....See you soon!!

帰国して約1ヶ月たちました。
ニューヨークでのリサイタル前からばたばたしていて書けていないことをすこしずつ書いていこうと思います。
3年前のアメリカ旅行記みたいに、いつ書き終わるかわかりませんが・・・。

まずは、いきなりですが最終日のことを。


ACCでの最後のミーティングのこと。
最後のミーティングの日は、担当のCecilyだけでなく、オフィスにいる全スタッフとランチをしながらのミーティング。
アメリカで学んだこと、印象深いできごと、印象深い人、などなど、この半年を振り返る。
ピザを食べながら、雑談もしながら。

一番嬉しかったことを聞かれたときには、やっぱりニューヨークでリサイタルをすることができたことを挙げた。

Granteeのイベントには、他のGranteeが見に来るのは常だが、リカのリサイタルには、これまでにないくらいほとんどのGranteeが集まったと言われて、なんだか嬉しかった。

Granteeとしての生活以外にも、色々なところに話題は及ぶ。

スタッフの一人Marleneが言う。
「リカはセロリが好きなんだって。アメリカに来たら、セロリが株のまま売っていて、おまけに安いので早速セロリを買って、お鍋一杯にスープ作ったんだよね!」

Jenniferが言う。
「リカはブルーベリーも好きで、毎晩食べてたんだよね!日本ではあんまり見かけないんだって」

また、別のスタッフが言う。
「リカは食事のブログを書いていて、だからいつもごはんの時に写真撮るんだよね!」


食べ物の話ばかりかい!


わいわいと、明るく話していたので、もう明日には出国するという実感は全然ない。

最後に「この半年を一言で言うと?」と聞かれた。
これは、日本語でも苦手な質問。

だけど、この時はすらっと一つの単語がでてきた。
日本語だと、ちょっと恥ずかしいかもしれないような言葉だけれど、事前に考えていたわけでもないのに、ある一つの単語が本当に口をついてという感じで出てきた。

「どうしてその単語?」と聞かれる。

理由もすらすらと出てくる。

みんなが、しーんとして聞いている。


半年前、ニューヨークに着いたときは、英語にも自信がなく、こんな年齢になってからの初めての外国での一人暮らしで、期待よりも、ただただ不安だけを感じていた。ホテルについて、私が最初にしたことは、嘔吐だった。極度にストレスを感じた時、嘔吐してしまうのは昔からのことだ。
何度かトイレに駆け込んだ。

その次の日、アパートに案内してもらう途中で、ランチをとった。その時に案内してくれたACCのスタッフMarleneが私の写真を撮ってくれた。
今見返すと、顔中に「私は不安です」と書いているような表情だ。

それが、その半年後には、十数人のアメリカ人相手に、「私の半年間はこんな風で、こんな風で、こんなだったんだー!」と英語で説明しているんだから、自分でもびっくりだ。

ランチは終わって、本当にいよいよ最後のミーティングをCecilyのオフィスで。

最後のミーティングだから、これまでみたいに「来週の予定は」とか「次回のこのイベントでは」とかそういう話題はもうない。

そして、ミーティングの最後に彼女が言った。

「We don't say "goodbye", we say "See you soon!"」


ひとつラッキーだったのは、この夜、一人のGranteeのスタジオのオープニングがあり、再びスタジオで数人のスタッフに会えることだった。

ブルックリンにあるそのスタジオで、4人のスタッフと再び会う。
そうして、本当の最後のお別れをした。
お昼は、まだ夜があるからと思っていて、何となく余裕だったけれど、さすがにこれで本当に出国してしまうんだと思うと、すごく感傷的になり、別れ際、スタッフとハグしてお別れを言っている内に、ぽろぽろ涙が出てきてしまった。

それでも、私たちは「Goodbye」とは言わず、「See you soon」と言って別れた。



最後の全体のMeetingで、私が選んだ一言は、印象深かったようだ。

帰国後にお礼のメールを全スタッフに送ったら、何人かの返事にはその一言の事が書かれていた。



出発の朝、アパートを出たところで、聞き慣れた声で「リカ!」と呼びかけられた。
スタッフの一人、Marleneが立っていた。

彼女も昨日私が選んだ単語を使って、これからの私を激励してくれた。
「You can do it!」
そして、彼女が手配してくれた車に乗る。
名残惜しくて、なかなか車の扉を閉められない。
でも、いつまでもそうしているわけにもいかない。
もう一度、車の中から「Thank you so much! See you soon!」と言って、思い切ってドアを閉めた。

車の中から振り返ってMarleneを見る。
手を振ったけれど、反応がない。
ガラスが遮光のため少しスモークがかかっていて、外からは中が見えないんだった。
でも、Marleneはずっと見送ってくれていたた。
車が角を曲がって見えなくなるときまで、Marleneはそこに立ったまま、見送ってくれていた。



今から7ヶ月前の4月、私にとっての「非日常」の生活が始まった。
しかし、いつしかそれは「日常」生活となった。

今、日本に帰ってきて振り返って、また、長い人生からみれば、やはりあれは「非日常」の特別な日々だ。
だけど、間違いなく私はニューヨークで「日常」を生きた。

日本に帰ってきて、日本での日常生活が再開された。
相変わらず、忙しくあちらこちらと飛び回っている。

私が、私以上でも私以下でもなく、また、誰かに属した存在ではなく、本当にただの「私」として存在することができたニューヨークが大好きだ。
明日にでも、ニューヨークに帰りたいと思う。

そう。

ニューヨークは、私にとってすでに「また行きたい」場所ではなく「帰りたい」場所になっている。

次はいつニューヨークに帰れるだろう。


今週ACCニューヨーク本部のスタッフのうち2人と東京で再会できることになった。
東京のスタッフにも久しぶりに会う。


先日はニューヨークのAngelaとチャットした。

タイに帰国したSomからは、2月に日本を訪れる時には、リカのいる金沢にも行きたいというメールが来た。

あまりこのブログには登場しなかったけれど、香港から来ていたGranteeでキュレイターのTinaが、それに合わせて、彼女も日本を訪れようと計画を始めたという連絡もあった。そして、Somと共に金沢にも行きたいとのことだ。
彼女も本当にたくさんのことを私に教えてくれた。ものすごく頭が良くて、私は彼女にとてもあこがれていた。
彼女は一足先に8月に香港に帰国した。

帰国したその他のアーティスト達からも、続々とExhibitionやイベントの案内のメールが届く。


私のACC Granteeとしての生活は終わったけれど、アメリカだけじゃなくて、アジアの各国に大事な友人ができた。

このネットワークは、私のACC Grantee生活で得た宝物だ。
音楽家だけじゃなく、普段の自分の音楽活動だけでは知り合えないような専門家とも沢山知り合った。

アーティスト、サウンド・アーティスト、ビジュアル・アーティスト、ペインター、映画の研究者、映画音楽の研究者、ダンスの研究者、ダンサー、俳優、演劇の研究者、キュレイター、アート・エデュケーションの研究者、フォトグラファー、テレビのディレクター・・・・
もちろん、多くの作曲家や演奏家たちとも知り合った。


それぞれが自分の国に帰国して、またそれぞれの活動を続けていく。

ニューヨークでは今も、新しいGranteeが来て、Granteeとしての生活を終えたアーティストが自分の国に帰国する・・・・めまぐるしく人が入れ替わっているのだろう。

私が日本での日常を再開したように、それぞれがそれぞれの国でそれぞれの日常を生きていく。

そうして、自分のするべき「仕事」をしていれば、再会の時は必ず訪れる。

だから"Goodbye"は言わないのだ。


"Everyone,see you soon!"




特によく顔を合わせたスタッフです。
プログラムのみじゃなくて、あらゆる場面でのサポートをしてくれました。
LastMeeting2.jpg

tag : 2011アメリカ/生活・街 2011アメリカ/ひと

プロフィール

Author:りか♪
和歌山県生まれ。
愛知県立芸術大学作曲専攻を首席で卒業、同大学院修士課程、博士後期課程修了。博士(音楽)。
学部卒業に際し桑原賞(県知事賞)受賞。
現音作曲新人賞などのコンクールに入選する。2008年第29回入野賞受賞。
現代音楽演奏グループ「アンサンブルトゥデイ」のメンバーとしてその解散まで積極的な作曲活動を展開する。また「ing Project」代表として、レクチャーやコンサートの企画を行った。
作品は、ALM RECORDSCAFUA RECORDSよりCDがリリース、ティーダ出版やイタリアのARS PUBLICA社より楽譜が出版されている。
愛知県立芸術大学、金城学院大学(名古屋)、名古屋芸術大学、金沢大学講師。名古屋市立大学芸術工学部研究員。金沢在住(関東、関西、東海、北陸の4つの地方を年中飛び回っている)。
2010年度Asian Cultural CouncilのGranteeに選出され、2011年アメリカ、ニューヨークにて研究調査を行う。

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