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2011-10-13

Som

友人シリーズで、Somのこと。
彼女と私は、1日違いでニューヨーク入りした。
初めて会ったのはACCのオフィスだった。
銀行のトラブルで、私達の口座が勝手に閉じられてしまい、別の銀行に新しい口座を申請に行かなければならなったので、オフィスに呼び出された時だ。
スラリと背の高い彼女と互いに自己紹介した時、彼女は「Somって呼んでね。私の名前はすごく長いから」と言った。紙に名前を書いてもらったら、本当にすごく長くて、私は今も彼女の正式な名前を発音できない。
彼女はタイから来たVisual Artistで、人懐っこくて、いつもニコニコしていた。
銀行での手続きが終わって帰ろうかなと思った時、突然Somが「今からフラッシングに行こう!」と言い出した。
「今から???」
フラッシングとは、クイーンズ地区の北の方にある町で、ここにもチャイナタウンがある。
たった今、銀行でフラッシングのチャイナタウンも面白いよと教えてもらったばかり。

今以上に英語がまずく、自分が発する言葉すべてに自信を持てず、元来の人見知りもあって、共通言語が英語しか無い初対面の人と遊びに行くなんて考えられない事だったが、Somは全然気にする風でもなく、「リカん家の沿線だって言ってたよね。じゃ、地下鉄分かるよね!私着いて行くから!」と、もうフラッシングに行く事は決定していた。
私は、自分の英語のまずさにより、会話が続かなかったり気まずい沈黙が流れたりする事を恐れていた。

でも、数分して、全然そんなことは心配する必要の無い事だったとわかった。
「私、英語に自信無いんだけど・・・」と言うと、彼女は「大丈夫!私、アジア人の英語は慣れてるから!それにさっきからリカと私はちゃんとコミュニケートできてるじゃん!」と、からっと言う。

そうして、フラッシングに向うまで、お互いの専門の事、日本の事、タイの事など話題は途切れる事無く楽しいおしゃべりが続いた。
フラッシングの町をぶらぶらして、中華料理屋さんに入り夕食。
スーパーマーケットが色々と安かったので、買物をして、帰途についた。

彼女は美術系のイベントの情報をよく流してくれて、一緒に出かけた。
そして、彼女は人脈を広げたりイベントのオーガナイズする能力に長けていた。
面白そうなイベントや場所、おいしそうなレストランを見つけては、「今度○○に行こう!」とメールが来て、よく出かけた。

一度、彼女のアパートメントでパーティした時には、「どうやってたった数週間でACC以外にこんなに知り合いが出来たの?」って言うほど人が集まった。
そして、彼女の紹介でACC以外で日本人のアーティストと知り合う事もできた。

彼女の作品を2回見るチャンスがあったが、一つはドキュメントフィルムで、東南アジアのヌードル文化を取材したものですごく面白かった。
このフィルムがきっかけで、ACCで結構大きなヌードルパーティが開かれた。


私は彼女と知り合わなかったら、ニューヨーク生活の充実度は今感じているものよりももっと低かっただろう。
ちょっとイヤな事が会った時、落ち込んでいる時、どうしても前向きになれない時・・・・彼女の笑顔は何度も私を助けてくれた。
いつもいつも、明るい気持にさせてくれた。
彼女と一緒に笑っていると、どんないやな事も全然たいしたことじゃないような気がしてきた。

彼女は本当にいつも笑っていて、たまに自分の言った事に自分でウケて、うけすぎて涙を流して笑う事もあった。
彼女は、周りにいる人すべての人をいつもハッピーにしてくれた。

おだやかで、いつもニコニコしている彼女だったが、自分の仕事には非常にプライドを持って取り組んでいて、シリアスではない仕事は決して許さない厳しさも持っていた。


NYで最後に会ったのは、私のアメリカ出国数日前にギリシャ料理を食べに行った時だった。
このレストランも、Somが情報を仕入れて来たレストランだった。
別れ際、二人はそんなに感傷的にならなかった。
なぜなら、彼女は展覧会のため、来年2月に日本に来る事が決まっている。
それまでの、しばしのお別れだからだ。

彼女は、私がアメリカを出国した次の日から、初の個展をニューヨークで開催した。
それを見る事ができず、すごく残念だ。
だから、2月の彼女の日本での展覧会をすごく楽しみにしている。

ここでも、やっぱり課題になるのは、2月の再会まで、英語力をキープすることですね・・・。
がんばろ。

Som,
Your smile always makes me happy!!!
with rica_s
初めて会った日。
フラッシングの中華料理屋さんで。

P6290288_s.jpg
ヌードルのフィルム上映前に、作品について説明しているSom。

L1010244_s.jpg
彼女の部屋でパーティ。
彼女は一番左端で笑っている。
この後も、続々と人がやってきた。

003-1.jpg
私のアパートで。
撮影はAngela。
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2011-10-10

Angela

時系列関係なく色々と書きそびれている事を書くつもりですが、これから書こう。
Angelaのこと。

と思って、色々書き出したんだけど、めちゃくちゃ長くなってしまい、書き直し書き直し・・・・。

彼女は、映画音楽の研究をしていて、著作もある。
PA022191_s.jpg


いろんな所に本当によく一緒にでかけた。

彼女は、これまで現代音楽のコンサートって行った事なかったらしいが、私が誘って、the stoneをはじめ、いくつかのコンサートに一緒に行った。
私は、英語を理解するのが難しいので、映像のイベントに行くのは避けていたのだが、彼女がいくつか誘ってくれて、filmイベントにいくつか行った。
こういうとき、帰りはお互いに質問しあって、分からない事を教え合いをした。

美術に関するイベントにもよく出かけた。
ミュージカルにも出かけたし、それから、一緒に遊びにも行った。
勿論、それぞれの研究があるので、毎日毎日一緒にいた訳じゃないが、お互いがお互いを尊重しながら、日々過ごした。
芸術の話、Filmの話、現代音楽の話、政治とか、文化とか、それから他愛無い話も、彼女とも本当にいろんなことを話した。
彼女と私は、自分の専門外のことも、何にでも興味があって、何でも知りたい!と思っていたところがとても似ていた。情報交換もよくした。
何より、彼女といて楽だったのは、話題が途切れて2人とも黙っていても、その時間が決して退屈ではなく、ただ心地よい沈黙の時間が流れる事だった。

私の出国前夜、一緒に晩ご飯を食べながらいつもみたいに、いろんな話をした。
だけど、この夜は、ちょっと話題が途切れがちだった。
いつもなら、「アメリカってほんとに食事の量多過ぎ!」と言いながらも、ほとんどたいらげていた私達だったが、この日は二人ともあまり箸が進まなかった。
さっきから色んな話もしながらも、もうこれがNYで会うのが最後になるって2人とも分かっているから、いつものような明るい雰囲気の食事にはならなかった。

Angelaが言う。
「私のiPhoneの中はリカの写真がいっぱいだ。ほんとにいろんなところへ一緒に行ったね。一緒に出かけたのはリカが一番多い。」
私もそうだ。
よく一緒に行動していた気の合う仲間の内、Angelaとは一番よく出かけた。
そして、別れ際は「See you tomorrow!」か「See you next Wednesday!」など、すでに次に会う日が決まっている事がたいていだった。

だけど、もう次はない。
勿論、お互いがお互いの仕事をきちんとしていれば、きっとまた会う日が来る。
だけど、それが一体いつになるのか、誰にもわからない。

突然Angelaが言った。
「明日、空港まで見送りに行く!」

私は貴重なグラント期間の時間を、私の見送りの為に減らして欲しくなかったので、「忙しいんだから、来なくて良い!」と言ったが、彼女は引き下がらず、結局見送りに来てくれる事になった。

「明日、もう一度会えるって分かったら、急に元気出て来た!」と彼女が言う。
本音を言えば私も同じ思いだ。
わざわざ私の為に時間を割いて欲しくはないが、でも、もう一度明日も会えるというのが嬉しいのもホントだ。
そうして駅で「See you tomorrow!」と言って別れた。

出国当日。
チェックインをすませたころ、Angelaが空港に来た。
一緒に朝ご飯を食べる。
これというレストランがなかったので、マクドナルドの朝ご飯。
「アメリカ最後の食事が、なんでマクドナルドやねん!」とゲラゲラ笑いながら。
ここでも、いつも通りの普通の話をするだけだった。

いよいよ搭乗の時間が近づいて、手荷物検査場に向かう時間が来た。

それまで、ニコニコ話していたのに、案外涙もろい私がまず泣き出してしまい、Angelaに抱きついて号泣してしまった。
彼女もぽろっと涙ぐむ。

感謝の言葉を言う。何度言っても、どんな風に言っても、足らない。全然足らない。

楽しく愉快に過ごせただではなく、私は彼女から色んな事を学んだ。
それまではあまり興味を持っていなかった映像のこと、それから、中国と香港について。
沢山のことを教えてもらった。

いや、沢山のことを教えてもらって、お世話になったという、そんなことじゃない。
今や彼女はGrantee仲間ではなく、私の大事な友人であるという、そのことに、感謝の気持ちでいっぱいだ。

帰国したら、それぞれの忙しい日常が待っていてなかなか会えない事くらい、2人とももう分かっている。
だけど、きっとまた会えるはずだ。
私たちは、大事な友人同士だから。

「リカはいつもニコニコしていて可愛いのに、泣いちゃダメだよ!」と言うAngela。

「そうだね。私、かわいいよね」と私が答えて、2人で涙を流したままゲラゲラ笑った。

そして私たちは「Bye!」は言わず「See you soon!!」と言って、別れた。
私が手荷物検査場を抜けるまで、彼女はずっと見送っていてくれた。

搭乗口へ行く。
そこへ、彼女から携帯にメールが入った。
そこには、私が心の底から嬉しくなるような言葉が書いてくれてあり、もともと泣いていた私、さらに涙が止まらなくなって、ボロボロ泣いた。
周りの人は、ちらちらこちらを見ていた。


私たちはまた会える。
香港か、日本か、アメリカか、それはわからないけれど、きっと会えるだろう。

彼女はたまに、ここを見ている。
日本語は読めないけれど、写真を見て楽しんでいると言っていた。


Angela,
I would like to thank you again for everything you did for me to make my stay pleasant.

P9301950_s.jpg
Brooklyn Bridgeを歩いて往復した時の写真。

P1110668_s.jpg
私のコンサートに、彼女とSomで花束を用意してくれていた。舞台にはAngelaが花束を持って来てくれた。
Angelaの顔は映っていないんだけど、私の好きな写真です。

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Somと三人でタイ料理を食べに行った時の写真。
茄子のヘタを見てAngelaが「これ何?」というので、「茄子の頭の部分だ」と説明している私。

tag : 2011アメリカ/ひと

2011-10-08

帰国しました

昨日、帰国しました。

コンサート終了後、帰国まで、びっくりするほど忙しくなり、ブログの更新どころか、ツイッターすら書く時間がないほど、走り回っていました。

コンサートの前から帰国まで、書きたい事はいっぱいあるし、下書きしたままの記事がいくつかありますので、いつものことですが、時系列気にせず、アップしていきたいと思います。

ひとまずは無事帰国のご報告でした。

半年間のACC Granteeとしてのニューヨーク生活を終えた今は、もう感謝の気持ちだけです。
アメリカでお世話になった方々は勿論、日本からいつもエールを送ってくれた沢山の人たちにも、心から感謝します。

PA042421_s.jpg

アメリカ出国前日、最終meetingの後、ACCオフィスの入っているビルの屋上にてACCスタッフと記念撮影。


おまけ。
010_s.jpg
出国前夜、こらえきれずに泣き出した私の涙を拭いてくれる、スタッフの1人、Marleneです。

tag : 2011アメリカ/生活・街

プロフィール

りか♪

Author:りか♪
和歌山県生まれ。
愛知県立芸術大学作曲専攻を首席で卒業、同大学院修士課程、博士後期課程修了。博士(音楽)。
学部卒業に際し桑原賞(県知事賞)受賞。
現音作曲新人賞などのコンクールに入選する。2008年第29回入野賞受賞。2015年Iron Composer Conpetition(アメリカ)第3位。
現代音楽演奏グループ「アンサンブルトゥデイ」のメンバーとしてその解散まで積極的な作曲活動を展開する。また「ing Project」代表として、レクチャーやコンサートの企画を行った。2010年度Asian Cultural CouncilのGranteeに選出され、2011年アメリカ、ニューヨークにて研究調査を行う。
作品は、ALM RECORDSCAFUA RECORDSよりCDがリリース、ティーダ出版やイタリアのARS PUBLICA社より楽譜が出版されている。
愛知県立芸術大学准教授、金城学院大学(名古屋)、金沢大学講師。名古屋市立大学芸術工学部研究員。

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